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東京都中央区の歴史
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所在地 中央区銀座5-1-1(数寄屋橋公園)

 寛永6年(1629年)江戸城外廊見附として数寄屋橋が初めて架けられた時は幅四間長三間の木橋であった。

 橋名は幕府の数寄屋役人の公宅が門外にあったのに依るという見附の城門枡形は維新の際に撤去され ついで大正大震災(1923年)後の復興計画によって完成を見た近代的美観を誇る石橋が銀座の入口を扼することヽなった。

 爾来30年首都交通の激増はこの界隈を更に変貌させた外壕上を高架車道が地下には地下鉄が走るようになって橋も姿を消し こヽは渾然たる大銀座の一劃となった 本会は茲に旧橋の遺材を以て碑を建て感慨深い東京文化の変遷を偲ぶよすがとした。

  1959年4月 数寄屋橋公園美化協力会

 

 (碑前面)

     数寄屋橋  此処に  ありき

                      東田一圭

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