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東京都中央区の歴史
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 所在地 中央区日本橋富沢町・中央区日本橋人形町・中央区日本橋久松町・中央区日本橋浜町

 この地は江戸初期に開さくされた浜町堀で大川に接し物資の輸送路として大きな役割を果たし後に浜町川と呼ばれたところである。

 明治19年(1886年)12月3日払暁馬喰町にピストル強盗事件が発生し久松警察署小川佗吉郎巡査は現場に急ぐ途中橘町付近で不審なあんま姿の男を発見格闘となり重傷を負いながら浜町河岸まで追跡しその男を捕らえた。

 この男は清水定吉といい当時10年余にわたりピストル、日本刀を持って東京府内を荒し廻りその間の被害は80余件にのぼり5人を殺害するなど稀代の兇賊であった。

 小川巡査はこの功により2階級特進し警部補に任命されたり。当時の傷がもとで明治21年(1888年)4月26日24歳でこの世を去った。

東京府民は小川警部補の尊い死を惜しみこの地の橋を小川橋と名付け不滅の功績を讃えた世は移り浜町川も埋め立てられゆかりの橋もその姿を消したが、その跡地に由来の碑を建立し小川警部補の功績を顕彰する。 

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