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東京都中央区の歴史
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所在地 中央区築地7-2

 フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796~1866)は、オランダの商館医院として文政6年(1823年)7月、長崎に到着し、診療の傍ら長崎の鳴滝に塾を開くなどして活躍した。

 文政9年(1826年)正月、商館長と共に江戸へ向かい、文政9年(1826年)3月4日、日本橋の長崎屋に止宿し、文政9年(1826年)4月12日出発するまでの間、江戸の蘭学者に面接指導し大きな影響を与えた。しかし、文政11年(1828年)9月シーボルト事件が発生し、文政11年(1828年)12月に日本から追放された。後に安政6年(1859年)幕府顧問として再来日したが、まもなく帰国しミュンヘンで没した。

 彼の江戸における指導は、江戸蘭学発展のために貢献するところが大きかった。この地が江戸蘭学発祥の地であり、且つ彼が長崎でもうけた娘いねが築地に産院を開業したこともあり、また明治初期から中期にかけてこの一帯に外国人居留地が設けられていたことから、ここに彼の胸像を建て、日本への理解と日蘭の橋渡し役としての功績に報いるものである。

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