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東京都中央区の歴史
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所在地 中央区銀座3-6 (松屋銀座屋上)

  龍光不動尊
ここに奉安されております龍光不動明王ご尊像は、鎌倉時代の名匠の作で、高野山龍光院に於いて、霊験現われましてから七百幾星霜を経ており、昭和4年(1929)5月松屋に念持物としてお迎えし、屋上の宝殿に安置申し上げ、龍光不動尊としてあがめ奉り松屋の鎮護とされております。
毎年正月、5月ならびに9月の28日には例祭をとりおこなっております。
参拝される方には、禍を転じて福となし、願望もかなえられ、家内安全、商売繁盛といわれております。
 昭和63年(1988)戊辰1月28日 松屋銀座

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松屋の守り神。鎌倉時代からあったとされる高野山龍光院の不動明王像を昭和4年(1929)に屋上に安置し、龍光不動尊として祀っている。龍光が「流行」に通ずるということで、ファッションに関してご利益があると言われている。

 
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所在地 中央区銀座4-3

  宝童稲荷神社
 江戸時代に明主弥左衛門が子育て祈願の分祀として建立されたのがはじまりという説がある。良縁の成就や、子育てのご利益で地域の人だけでなく、多くの信仰を集めている。また、このあたりが多くの企業の創業の地であることから、企業家の参拝も多い。



所在地 中央区銀座6-10 (銀座松坂屋屋上)

  靍護稲荷神社
抑も靍護大明神は今を去ること百五十年の昔、文化十二年は如月の午の日、山城伏見の本宮より勧請して江戸の根岸の里に奉安す、爾来店主店族は素より江戸市民の深き信仰を蒐めて今日に至れり、明治十四年の或る夜神守の親爺は神殿附近に於いて白狐を認めたるがその跡に一卷の掛軸遺畄しあるを発見し怪しみて■けば卑くも三州豊川稲荷大明神の尊像にてありしかば直■にその由を店主に告げて神霊と共に奉祀して今日に及べりと伝う大明神は霊顕■に顕にして特に火防の神として世々附近住民の難を救はせ給へる事一■に止まらず近き例に徴するも去る大正十二年九月関東大震災亦大正十四年三月日暮里の大火に当り既に危く見えたるにも拘らず神域社殿は銀座松屋舎宅の凡べて無事なるを得たるは今尚世人の■に新たなる所なり昭和四年己己の春二月十八日 二の午の吉辰を■日枝神社宮司に請うて神霊を分霊し地上八十尺の本館屋上に奉安して茲に遷座の式を行えり
 昭和四十年四月十五日誌

今より150年春、伏見の本宮より勧請して奉安。白狐の持ち来る豊川稲荷大明神尊像を祀ると伝えられる。大震災、日暮里の大火より町内を守ったことは有名。


所在地 中央区銀座7-8-14

  豊岩稲荷神社

御祭神 稲荷大神(宇気母智神)

例祭日 4月15日

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豊岩稲荷神社は、江戸初期からこの地(中央区銀座7丁目8番14号)に火防神・縁結神として信仰を集め、銀座7丁目町会の守護神として、篤い信仰を集めてきた。
稲荷の神は、保食神(宇気母智神)或は倉稲魂神と称し、稲のみ魂又人間の生活に最も必要な食物を守護し給う神として、伊勢神宮の外宮、京都の伏見稲荷大社始め、全国の稲荷の御祭神として、広く信仰されている。
当社は、明智光秀の家臣安田作兵衛により祀られ、昭和の初めには歌舞伎の名優市村羽左衛門丈を始め、芸能関係者の崇敬が厚かった明治3年(1870)以降、当銀座の氏神である山王日枝神社(元官幣大社)の神職により祭祀はとり行われ、永年の宿望であった御社殿以下の御造営事業及び境内地の保全が平成5年(1993)秋、地元町会関係者及び特別崇敬者中塚成紀氏等の奉賛によりなされたのである。
 平成5年(1993)11月10日 銀座7丁目町会

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創祀は不明。明智光秀の家臣・安田作兵衛が主家の再建を願って祀ったという伝説も。昭和初期には歌舞伎の名優市村羽差左衛門ほか毛能関係者の崇敬を集めた。縁結びの神社としても知られており、多くの女性が立ち寄る。



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