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東京都中央区の歴史
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所在地 中央区銀座3-14-15

     宝珠稲荷神社の由来
宝珠稲荷神社は1615年の頃三河の国深溝の領主板倉内膳匠重昌の江戸屋敷内に家内安全火除の神として祭神せられたるものなり
内膳匠重昌は京都所司代及江戸町奉行として今名高かりし板倉勝重の次男として1588年後陽成天皇の御代天正13年の頃の生れである 重昌は武勇に富み敬神の念厚く大阪冬の陣島原の乱等に追討軍今として鎮台に務めたるも不幸にして島原に於て年令50才にして戦死したるものなり 
時の将軍は家光であり第110代後光明天皇の御代である内膳匠の兄周防の守重宗は下總の国関宿の城主なり 年経て1760年宝暦年間岩見の国津和野の城主亀井家に譲渡せられたるものなり
明治の維新に於ける亀井滋玄の功積は大鼓稲荷と共に有名なり 更に大正7年(1918)岡山の岡崎家に売却されたるも爾来本神社は敷地と共に地元木挽町3丁目氏子に寄進せられ1950年地元氏子有志相計り隣接地を買収し社殿及社務所を建設して今日に至るものなり
 1972年5月 
  宗教法人 宝珠稲荷神社
  東京都中央区銀座3丁目東町会

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